stay gold./『グラスハート』
『グラスハート』を観ている。ネットフリックスオリジナルドラマ。
佐藤健がプロデュースで主演。主演っていうのはもしかして違うのかもしれないけど。
『グラスハート』原作は小説で。現代のスピード感からすればとても昔の小説で。そこに佐藤健がこだわったことがよくわからなくて。正確に言えば、気に食わなくて。観ることにした。
30年も前の話なのだ。スタートはそのくらい昔で、展開はその後も続いていたわけだけど。
私はほぼリアルタイムでスタート地点を知っている。面白い小説があると教えてくれた人がいた。ラノベなんて名前のない時代。少女向けの小説はマニアックなジャンルで、オタクという言葉すら存在せず、オタクとも呼べない中途半端な私はたぶん、ただの気持ち悪いやつだった。
『グラスハート』に限らず、昔の良作、現代のメジャーではないでも素晴らしい作品はときどき掘り起こされて、形を変えて現代の作品になって、脚光を浴びたり、浴びなかったりする。
嬉しいのだけど、悲しい。やっぱり正直に悲しい。
佐藤健の作品に対する解像度は高いように思える。いや上から目線は愚かすぎる。たぶん彼は私よりわかっている。彼がどこまで行ってるのかわからない私には高いように思える、としか言えない。足りないのはたぶん私なのだ。
読んだことがある、というだけでアドバンテージなどない。これだけの作品を作る力を持つ者とそれを観る人たちに。私は何を感じているのか。
…奪われる。たぶんそう、きっとそう、感じている。なんてくだらない感情なんだ。私は私の狭い狭いつまらない世界の、それでも王でいたい。ここに私の宝物を詰め込みながら、最後の時まで宝探しの旅をしていたい。
まだまだ新しい宝物がほしい。まだまだ懐に余裕はある。しかし。持っていたはずの宝物が、奪われる。いや、奪われるのではない。その価値が失われる。誰かの宝物を見てしまった、私の眼によって。
価値観は人それぞれだし、個人の中でも時間とともに変わる。黄金だったはずのものを土くれに変えてしまうのは、自分だ。
わかっている。せめてそれは、せめてそれは見たこともない素晴らしい物との出会いであってほしいのだ。私が持っているはずの、かけがえのないと思い込んでいる宝物の「上位互換」を見てしまったら。私はどうすればいいというのだ。
ドラマは良作である。軸がぶれたので内容はまたにする。この作品が2025年にドラマ化されたという事実だけで心がざわつきすぎて、正直冷静に観れてない。楽しんではいる。
偉そうなことはひとつも言えない。私が持っている宝物の価値なぞ、他人から見ればなんでもない。それでも、私だけの出会い方と、同じ時代を生きた事実を。勘違いだろうと、無知ゆえだろうと、仮初めだろうと、まがい物だろうと。
ドラマは良作である。私は懐古主義が過ぎる無能で、誰かに文句を言うことしかできなくて、自分を守るのに精一杯で。でもそれだけではない。それだけでは生きていられない。このドラマの話をしよう。このドラマもまた、誰かの黄金になることを思って。