ショカノオワリ。/左右盲
一昨日は暑かった。
昨日は風が強かった。
今日の朝日を眺めながら、
「左右盲」のことを考えていた。
ヨルシカさんの新曲タイトル。
左右盲。私はこの言葉を知らない。
「左目と右目が盲目」なのだろうか。イコール全盲なのか、それとも全盲とはなにか違うものなのか。
それとも「左右の感覚」が「盲」なのか。これかな。これはわかる気がする。右と左がわからない。右も左も分からない。
そもそも頭の中で「さゆうもう」と読んでるが合ってるのか。まさかと思うが「知ってる単語にこういう当て字がある」的な話だったりするのか。だとしたらすごい恥ずかしいな。
とりあえず調べていない。いずれ深く知ることを前提として義務として、もうしばし「今は知らない」ことを楽しむことにする。
…
先日映画を観に行って。
本編前の夥しい数の他の映画の宣伝を眺め。ひとつ印象に残った。その映画のBGMを聴いて「これヨルシカじゃないのか?」って思ったからだ。
思ったがまあ、そういう音楽ジャンルもあるのだろう。私がヨルシカ好きすぎてひっぱられてるだけなんだろうなと、思った。音楽センスなど皆無の私に知らない曲のなにがどうとかわかるものか。そういうジャンルとか技術とか信条のものを「ヨルシカっぽい」でまとめてしまっているとすればそれは無知で失礼なことのようにも思えるし。
インストだけだった。主題歌だとか楽曲提供だとかの情報は出てこなかった。
何がしかの恋愛映画であるようだった。かわいい女の子と素敵な男の子が恋をする、そこにはなにか筆舌に尽くしがたい障害があって。
きっと美しい物語なのだ。売れる(売れた?)物語なのだ。そんな売れ筋の物語にヨルシカの曲は似合わないよなと思い。…思った自分の感情が醜悪すぎて死ねばいいのにと反省し。
映画を観終わってから少し調べた。
楽曲提供のアーティストはまだ公開されてなかった。改めてYouTubeで宣伝ムービーを観て聴いてみたら、ヨルシカとは全然違うもののようにも思えた。
主演の俳優一人も知らない。きっと私はこの映画を観ない。だからこの件はここまでだ。と思って、忘れた。
嘘だ。
心のどこかで、「もしも、もしもそうだったら、どんなに有難いことだろう」と、あのときの直感が信じるに足るものであってほしいと、願い続けていた。忘れたふりして。見ないふりして。
6月23日。公式発表。
『映画「今夜、世界からこの恋が消えても」の主題歌がヨルシカの新曲「左右盲」に決定しました。』
深夜にスマホを睨みながら、私は長い長い、ため息をついた。
…
だから私はたぶん、この映画を観に行く。
無礼で物知らずで臆病な私は、どうせセカチューとかハナタバミタイナとかアシタボクハとかソノトキハカレニとか、どうせ私に縁のないセツナクテウツクシイナケルハナシなんだろ、と思ってる。きっとこのスタンスは覆らないが、普段絶対映画館で観ようと思わないタイプの映画を観に行く気になっている自分に、めっちゃソワソワしてる。映画館でヨルシカを聴けるのだ。つべこべ言ったって、どうせ泣く。
ソワソワと初夏の終わり。真夏の始まり。
右も左も分からない、夏が来る。