巡る王の秋刀魚。
いつぞやのこと。
山の手線に乗っていた。
秋、時刻は夕方、そこそこの乗車率。私はシートに座っていた。
電車は目黒駅を通過。そのとき話し声が耳に入った。
「『目黒のさんま』ってなんだっけ、あるよね?」
見れば少し離れたドア脇に、新卒OL風のスーツの若い女子3人組がいて、そういえばさっきから世間話が聞こえていた。そのうち一人が「目黒といえば、よく知らないけど『目黒のさんま』って言葉があるよね」という趣旨の発言。
もうひとりも「そういえばあるよねーなんだろねー」みたいな感じで。
まあイマドキの若い娘なら普通こんなもんかね、と思いきや。最後の一人が話し始めた。
「ええと、『目黒の秋刀魚』って落語があるのね、目黒が舞台で、秋にね、お殿様が鷹狩りに行くんだけど」
年若い彼女は時間をかけて落語「目黒の秋刀魚」をあらすじからパンチラインからここに話題としてあることの理由まで、過不足なくきっちり説明し切ってみせた。話術だ。きっと知らんぷりしながら耳を傾けていた乗客は私だけじゃなかったはずだ。お見事。すっごい「いいね」したい。
彼女は落語好きなんだろうか。もしや目黒出身なんだろうか。「こんなの一般教養ですよ〜」なんて心の中でドヤ顔しながら言いたい私なんかよりよほど詳しく、何より誠意を感じた。悔しい。
真摯たれ。肝に銘じて、私は電車を降りる。さんまがたべたい。