きっとクラムボンもそこにいる。/『修羅』
ヨルシカさんの新曲『修羅』である。
もうずっと聴いてる。もうなんか永遠に聴いてられる。ポコポコ鳴る楽器に乗って弾んで伸びるsuisさんの歌声。ひとつひとつの歌詞が丁寧に丁寧に記憶の断片を撫でる。そよ風のようなにぎやかさで、形のない哀しさで。
ポコポコポコポコ鳴る。修羅とは阿修羅のことだ。修羅とはソリのような運搬器具のことだ。アイセルシュラホールとは大阪にある博物館のことだ。シュラとはゴールドセイントの1人だ。修羅とは黄泉の息子だ。シュラトは天空戦記だ。アシュラはグリフォンのOSだ。アシュラマンは悪魔超人だ。修羅とは。修羅とは。
終盤の、声が重なるところの歌詞が聴き取れずに何度も聴き直した。二重に聞こえる声、複数の顔、これも修羅(阿修羅)なのか。風を受けて走る、のは運搬器具の修羅(mobil)なのか。考えすぎ、考えすぎ、とばしすぎ。静かに静かに、郷愁と妄想が溢れて止まらない。ポコポコ、ポコポコ。
そして、すべての記憶のむこうに賢治がいる。
たぶん私は彼を待ち望む人間で、彼の待つ地へ旅をしている人間だ。いや、すべての人が、誰しも、いつかたどり着くと想像するその場所。私の場合その場所に「イーハトーブ」と名付けた人がいる。そこで待っていてくれる、彼が、彼らがいる。そこから始まって、またそこへ帰る旅をしている。
それを思い出させてくれるこの曲はだから懐かしく、新しく、愛おしい。ポコポコポコポコ。